Deep Intelligent Pharma(DIP)とは製薬会社の潜在的なニーズを引き出し、創薬プロセス全体を最適化するスペシャル集団
新薬開発は、9~17年にわたる長期のプロセスだ。その開発を少しでも効率化するため、製薬会社はさまざまなシステムを導入している。しかし、莫大な費用をかけて複数のシステムを導入しても、「システム間の連携がうまくいかない」「システムごとにIDやパスワード、マニュアルが異なるので使いにくい」といった問題が起こるケースも多い。「部分最適」な複数のシステムをパッチワークのようにつなげて運用するのは、無理があるのだ。
上記の問題を解決しようと動く、今話題のAIスタートアップがある。中国に本社を置くDeep Intelligent Pharma(DIP)だ。同社がかかげるのは、創薬プロセス全体を考慮した「全体最適」なAIシステムの開発。製薬会社の業務内容とAI技術の両方を深く理解しているからこそ、このようなシステムが実現できるという。
DIPとは一体どのような会社なのだろうか。その秘密に迫る。
Deep Intelligent Pharma(DIP)とは -アメリカの大手VCも認めたAIベンチャー-
DIPは、2017年に中国・北京で創業された。最先端のAI技術を活用し、新薬開発の各工程(基礎研究~市販後の安全性監視)をサポートするさまざまなソリューションを提供している。中国国内だけでなくアメリカやヨーロッパにも支店を持っており、2019年4月には日本法人も設立された。
創業者の李星(Xing Li)氏は、北京大学薬学院を卒業後にファイザー、サノフィ、ジョンソン・エンド・ジョンソンといった世界的な製薬会社で12年以上勤務してきた。各社の創薬部門で働く中で、創薬プロセス全体を見据えたシステム開発の必要性に気づき、DIPを創業。DIPの社員数は約200人(2022年現在)で、半分はXing氏のような製薬会社出身者、残り半分はディープラーニングや自然言語処理などに精通したAIエンジニアだ。
DIPの資金調達状況には目を見張るものがある。初期のシリーズPRE-AおよびシリーズAでは、中国国内のシード向けファンドから約6億円を調達。その後のシリーズBでは、GoogleやAppleに投資してきたシリコンバレーの老舗ベンチャー・キャピタルSEQUOIAから約15億円を調達した。さらにシリーズB+では、アメリカのSusquehanna International Group(SIG)からも出資を受けている。DIPはまさに、アメリカの有名投資家たちが認めたベンチャー企業だといえよう。
DIPの顧客は、世界中で600社を超える。中国国内の顧客が最も多いが、北米やドイツ、日本の製薬会社とも取引がある。業績は順調で、設立3年目には単年黒字化を達成。今後は、大学病院や大手CROへの導入も進める予定だ。
深い業務知識を武器に客のニーズを言語化し「全体最適」なシステムを実現する
DIPの大きな特徴は、社内の製薬企業出身者とAIエンジニアが連携してシステム開発に当たる点だ。
製薬企業の業務プロセスを改善するには、業務自体への深い理解が必要不可欠だ。製薬会社での勤務経験がある人にしか分からない細かなノウハウや感覚を理解してこそ、顧客が言語化できていない潜在的なニーズを掘り起こし、価値ある業務改善方法を提案できる。
前述のように、DIPには製薬企業出身者とAIエンジニアが同数在籍している。そのため、業務に精通した製薬企業出身者とAIエンジニアが互いに教え合い、情報交換し合いながらシステム開発を進められるのだ。これにより、創薬プロセス全体を見据えた上で顧客の真の課題を解決する「全体最適」なAIシステムを実現できる。
創薬DXをうたう企業は世の中にたくさん存在するが、「創薬」と「AI」いずれかの側面しか持ち合わせていない場合がほとんどだ。DIPのようにその両方を有する組織は、非常に珍しいという。
DIPが提供するソリューションの特徴
DIPのAIソリューションは、すべてクラウド上に存在する。例えば、承認申請文書の作成を効率化するソリューションの場合、クラウド上に「文書自動作成」「自動翻訳」「クオリティチェック」といった機能ごとのアプリが設置されており、必要に応じて各アプリを使用するイメージだ。
各アプリは、マニュアルがなくても直観的に操作できるように作られている。また、アプリの出力内容を人間が修正し、修正内容をアプリに学習させれば、アプリの精度を上げることも可能だ。
その他、特に注目したい特徴を以下に示す。
①シームレスな作業が可能
既存システムの多くは、機能ごとに異なるIDとパスワードが設定されており、作業を円滑に進めるのが難しい。一方、DIPのソリューションに含まれる各アプリには、同じIDとパスワードが設定されている。そのため、各アプリを横断したシームレスな作業が可能だ。
例えば、文書を編集するアプリの場合、ある1個の文書に対して「同時編集」「編集作業を引き継ぐ」の2つのモードを選択できる。複数人で文書を共同編集したい場合は、「同時編集」モードを選択して編集作業を続ける。自動翻訳などの別アプリを使用したい場合は、「編集作業を引き継ぐ」モードを選択すれば別アプリをシームレスに起動できる。
②あらゆる表現系をナレッジベースとして構造化
製薬企業は各種のデータを大量に保存している。しかし、これらは適切に分類されておらず、活用しにくいのが現状だ。
データには、Word・PDFなどのテキストや画像、映像などさまざまな形式がある。さらに、部署ごとにデータを保管しているため、データが機能的に管理されていないケースが多い。しかし、DIPのソリューションを使えば、あらゆる形式のデータを構造化して集約して、ナレッジベースで管理・構築することができる。こうすることによって、社内でバラバラに管理されていた、さまざまな形式のデータを一元的に把握できる。そのうえ、あらゆるデータを関連付けて集約し、データの使い方を機械学習する機能もあるため、会社の脳(コーポレート・ブレイン)はどんどん賢くなる。
DIPソリューションの活用例 -大量の薬事申請書類を短期間で正確にAI翻訳-
ここでは、DIPのソリューションを活用して新型コロナウイルス治療薬の薬事申請書類を翻訳したケースを紹介しよう。
翻訳対象の薬事申請書類は6600ページ。人間が翻訳すると数ヶ月程度かかる分量だ。DIPのAI翻訳エンジンはこの翻訳を、わずか6日間で完了させた。
DIPのAI翻訳エンジンには、2つの特徴がある。1つは、薬事申請書類のみを学習しているため翻訳精度が非常に高い点。もう1つは、AI翻訳エンジンが翻訳した書類を人間が修正した直後に、その修正内容を自動で学習する仕組みが備わっている点だ。この2点により、短期間で高精度な翻訳が可能となる。
まとめ
業務知識と技術力の両輪で、新薬開発プロセス全体の最適化を提供するDIP。現場で言語化できていなかった課題を拾い上げて解決策を提示する姿は、製薬特化型のコンサルティングファームのようでもある。
「全体最適」をキーワードに顧客数を伸ばし続ける同社の活躍に、これからも注目したい。
ライター:太田真琴