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AI創薬とは何か?ディープラーニングとの関わりや活用領域などを解説

近年、さまざまな分野で人工知能(Artificial Intelligence、AI)が活用されはじめている。製薬業界も例外ではない。AIを用いて創薬を行う「AI創薬」により、従来の創薬手法とは異なる新たなスタンダードが生まれつつあるのだ。 国内外のさまざまな企業や研究機関がAI創薬に関して検討を進めており、その技術や動向は時々刻々と変化している。今回の記事では、「AI創薬とは何か」といった基礎的事項や、ディープラーニングをはじめとするAI技術の概要、創薬プロセスにおけるAIの活用領域などを解説する。

AI創薬とは何か?ディープラーニングとの関わりや活用領域などを解説

AI創薬とは:ビッグデータ時代の新たな創薬手法

新薬の開発は、一般に9~17年の期間と500~1000億円の費用を要するとされている。また、基礎研究で薬効が見出された化合物のうち、実際に薬となるものは約3万分の1と極めて少ない。特に多いのは、非臨床試験(動物実験)を通過した候補化合物が、臨床試験に移行してから脱落するケースだ。このような創薬の現状を変える必要がある。

ビッグデータ時代となり、製薬分野でもさまざまなビッグデータ(過去に開発された薬剤化合物のデータや、各種化合物の生物活性を評価したデータなど)が活用されはじめている。このようなビッグデータを活用した創薬手法の1つが、AI創薬だ。

AI創薬は、一言で言えば「過去に開発・評価された大量の薬剤データをAIに学習させ、その学習結果を用いた推論により創薬プロセスを効率化する」手法だ。AIを活用して、業界平均では4年半かかる標的化合物の探索を12ヵ月未満で完了したとする例もある1)。臨床試験より前の段階でヒトに対する有効性や毒性を予測できる可能性もあるという。まさに、既存の創薬プロセスを大きく変える新たな技術なのだ。

AIとディープラーニング

ここで、AIの概要や歴史を簡単に説明しよう。

「人工知能(AI)」には学術的に確立された定義はないが、大まかには「知的な機械、特に知的なコンピュータプログラムを作る科学と技術」とされている。

最初に「AI」という言葉が誕生したのは、1956年のこと。その後1980年代には、人間の専門家(エキスパート)の知識を三段論法などでプログラミングした「エキスパートシステム」とよばれるAIが流行した。しかし、エキスパートシステムは人の手で知識を移植する必要があり、構築に膨大な時間がかかることから、その後衰退した。代わって、機械が自ら知識を収集・獲得する「機械学習」とよばれる手法に軸足が移った。機械学習にもさまざまな手法があるが、現在大きく注目を集めているのは「ニューラルネットワーク」を用いた方法だ。

ニューラルネットワークは、脳内にある神経細胞(ニューロン)のつながりをモデル化したもので、ニューラルネットワークは入力層、中間層、出力層からなり、ある入力値を与えると、それに対応した出力値が得られる。

ニューラルネットワーク

ニューラルネットワークを用いた機械学習では、ニューロン同士の「つながりの強さ」を係数「w」で表す。ある入力値を与えた場合に、対応する「正解」を出力するようにこの係数を修正する過程が、学習だ。ニューラルネットワークは中間層を増やすにつれて精度が高くなることが知られていたが、当初は中間層を増やすと係数wの修正がうまくいかないという課題があった。この問題を解決して生まれた手法が、多層ニューラルネットワーク(中間層が3層以上)を用いた「ディープラーニング(深層学習)」だ。

ディープラーニングの革新的な特徴は、データの中で注目すべきポイント(特徴量)をAIが自ら検出できる点だ。従来は、「リンゴは『赤い』」「リンゴは『丸い』」といった特徴量を人間が指定していたが、ディープラーニングではそれが不要になった。これまで人間が試行錯誤していた部分もAIに任せられるため、従来の機械学習よりも効率的に学習を進められるようになった。

ディープラーニングとAI創薬

ディープラーニングは、AI創薬の分野からも大きな注目を集めている。そのきっかけの1つが、機械学習コンテスト「Kaggle」で2012年に開催された「Merck Molecular Activity Challenge」(15セットの分子データをもとに、分子の生物学的活性を予測するモデルを作るコンテスト)だ。同コンテストでは、さまざまな機械学習の手法が比較・検討される中、ディープラーニングを用いたチームが優勝した。驚くべきは、この優勝チームには医薬品関係の研究者が含まれていなかったことだ。製薬業界はこの結果に大きな衝撃を受け、ディープラーニングに関心を示すようになった。以降、AI創薬にディープラーニングを活用する研究が世界中で進められている。

創薬プロセスにおけるAIの活躍領域

現在、創薬プロセスの中でAIが活用されはじめている領域(一例)を以下に示す。

創薬プロセス

①基礎研究

・標的分子探究

・バーチャルスクリーニング

・リード化合物最適化

・薬物動態予測

・薬物の有効性・安全性予測

・化合物の合成経路予測

②非臨床試験

・病理画像解析

③臨床試験

・病理画像解析

④その他

・ドラッグリポジショニング(既存薬の新しい適応可能疾患を予測)

・薬理機序への理解(疾患メカニズムの可視化システムなど)

・ビッグデータのデータベース構築におけるデータの選別や整理(②p.28)

・論文検索(自然言語処理)

・工場における医薬品製造条件の最適化

まとめ

現在、国内外でさまざまなAI創薬ベンチャーが登場しており、大手製薬企業とAI創薬ベンチャーとの連携も進んでいる。創薬プロセスにおけるAIの活躍領域は、今後も広がるとみられている。AI創薬の活用が進めば、開発期間の短縮により薬価が安くなるといった効果が期待できる。新たな感染症などに対応した、迅速な創薬も可能となるだろう。

創薬の新たなスタンダードとなり得る「AI創薬」。日々変化するその動向から、目が離せない。

参考文献

1) 田中博 著、「AI創薬 ビッグデータ創薬」、薬事日報社

2)土井健史ほか 著、「IT・ビッグデータと薬学 -創薬・医薬品適正使用への活用-」、公益財団法人 日本学術協力財団

3) 大日本住友製薬、「大日本住友製薬とExscientia Ltd.の共同研究 人工知能(AI)を活用して創製された新薬候補化合物のフェーズ1試験を開始」、https://www.ds-pharma.co.jp/ir/news/2020/20200130.html

ライター:太田真琴