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分散型治験(DCT)とは医療機関への来院に依存しない地域に限定されない「次世代の治験システム」

医薬品や医療機器は、人での効果や安全性が認められてはじめて承認・販売される。このため、治験は医薬品や医療機器の開発において避けられない。 従来の治験は、医療従事者と治験参加者が直接対面して行うのが普通だった。しかし、デジタル技術の発展や新型コロナウイルスの感染拡大などにより、新たな治験システム「分散型治験(Decentralized Clinical Trial、DCT)」に注目が集まっている。各種の技術やツール、サービスを活用するDCTは、従来型治験が抱えていたデメリットを改善する可能性があるためだ。 今回の記事では、DCTの概要や、DCTを実現するための技術・ツール・サービス、DCT導入のメリット・デメリットなどを解説する。

分散型治験(DCT)とは医療機関への来院に依存しない地域に限定されない「次世代の治験システム」

DCTとは:デジタル社会の新たな治験システム

DCT(分散型治験)とは、治験参加者が治験実施医療機関に足を運ばなくても、一部または全てを実施可能な治験だ。ウェアラブルデバイスやリモートツール、オンライン診療、訪問看護サービスなどを活用し、治験参加者の自宅やかかりつけ医などで治験を実施する。

DCTには現時点で決まった名称はなく、リモート治験、オンライン治験、バーチャル治験などと呼ばれる場合もある。定義もいまだ確立されていないが、日本製薬工業協会が発行した資料では「実施医療機関への来院に依存せず、新しい技術や手法を使って、計画通りに質を保ち、必要なデータを収集し、被検者の安全性を担保し、かつ負担を減らし、実施する臨床試験」と説明されている2)

DCTを実現するための技術・ツール・サービス

DCTを実現するには、従来型治験にはないさまざまな技術・ツール・サービスを活用する必要がある。以下では治験の要素(①~⑤)ごとに、導入すべき(またはすでに導入されている)技術・ツール・サービスの例を紹介する。

①治験参加者の収集

治験参加者が治験実施医療機関に足を運ぶ必要がないため、地域を限定せず日本全国から治験参加者を募集できる。そのために、オンライン上で治験情報を公開し、参加者を集める仕組みが必要になる。2019年には、国内最大のオンライン研究への参加者募集プロジェクト「トライアルレディコホート(J-TRC)構築研究」3)がスタートしている。

②治験参加者への説明・同意取得

DCTを実現するには、治験参加者への説明や同意取得をオンライン上で行う仕組みが必要だ。これには現在、eConsent(Electronic informed Consent、電子版説明文書・同意文書)が使用されている。eConsentは、複数の電磁的なツール(テキスト、画像、音声、ビデオ、生体認証デバイスなど)で治験参加者へ情報を提供し、同意を得る手順4)で、治験の説明や同意の署名取得(電子サイン)に活用できる。

③治験薬の交付

DCTでは、治験参加者が治験実施医療機関に行かなくても治験薬を受け取れる仕組みが必要になる。これには、治験実施医療機関または治験依頼者(製薬会社など)から参加者の自宅へ治験薬を配送する、といったサービスが検討されている。

④治験データ収集

DCTにおける治験データの収集方法は、従来型治験とは大きく異なる。ウェアラブルデバイスなどを活用して、治験参加者の日常のデータを自動的・継続的に収集できるようになるからだ。これにより、症状の出方が日々変化する疾患も適切に評価できる。ウェアラブルデバイスを使用した臨床試験数は、年々増加傾向にある。5)

また、ePRO(Electronic Patient Reported Outcome、電子患者報告アウトカム)を使用して、治験参加者自身に測定データや症状を入力してもらう方法もある。

⑤診療

ビデオ通話などによるオンライン診療を活用すれば、非対面でも治験参加者に治験薬の服用方法を説明したり、治験参加者の健康状態をチェックしたりできる。また、近くの医者や看護師が治験参加者の自宅に訪問して診察や看護、検査を行う場合もある。

DCT導入のメリット

DCTを導入すると、以下のようなメリットがある。

・治験参加者の通院負担(距離的な面、回数的な面)が減少する。

・幅広い地域・年代のさまざまな治験参加者からデータを収集できる。

・ウェアラブルデバイスの活用により、来院時の測定だけでは得られない日常のデータを収集できる。

・治験参加者の募集や治験データ収集のスピード・精度が向上するため、治験期間の短縮につながる。

・治験に必要なモノを運ぶ際の人件費が大幅に削減できる。

・訪問看護や治験薬配送など、新たな関連ビジネスの創出につながる。

DCTの普及状況

DCTの要素を含む治験数は、ここ数年で急激に増加している。2020年には670件程度だった関連治験数が、2021年には約1000件に増加。2022年には約1300件が予定されているという6)

DCTの普及は、日本よりも欧米の方が進んでいる。アメリカでは、モバイルデバイスの普及に伴いDCTに関するガイダンスを早々に発行。2011年にはPfizer社がモバイルデバイスを活用した初の臨床試験(Phase4試験)を実施し、2017年にはAOBiome Therapeutics社が初のフルバーチャル型治験を実施した。

日本では、紙や対面を重視する慣習が根強いこともあり、DCTの導入は欧米などに比べて遅れているのが現状だ。しかし近年、新型コロナウイルスの感染拡大を契機に治験に関する規制緩和が行われるなど7)、DCTの導入推進に向けた動きも進んでいる。

まとめ

DCTを普及させるには、関連する制度やルールの作成、基盤整備などに力を入れる必要がある。一般の人々にDCTの概念を伝え、そのメリットを十分理解してもらうことも重要だ。

新型コロナウイルスの流行が収束しても、治験のデジタル化は止まらないだろう。DCTはいま「夜明け」を迎えたばかりだ。

ライター:太田真琴

参考文献

1) ヘルスケア・イノベーション協議会 バーチャル治験意見交換会、『「患者中心の治験」の実現-日常生活からの医薬品・医療機器・再生医療等製品開発-』、http://platinum.mri.co.jp/sites/default/files/page/vct-teigen.pdf

2) 日本製薬工業協会 医薬品評価委員会 臨床評価部会、「医療機関への来院に依存しない臨床試験手法の導入及び活用に向けた検討」、https://www.jpma.or.jp/information/evaluation/results/allotment/lofurc0000005jr6-att/tf3-cdt_00.pdf

3) 国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「将来の認知症治療薬・予防薬の開発へ―認知症のプレクリニカル期・プロドローマル期を対象とした50~85歳の健常者2万人の登録を目指す、国内最大のオンライン研究への参加者募集プロジェクト―『トライアルレディコホート(J-TRC)構築研究』を10月31日より開始!」、https://www.amed.go.jp/news/release_20191031.html

4) FDA、”Use of Electronic Informed Consent Questions and Answers”、 https://www.fda.gov/media/116850/download

5) 医薬産業政策研究所、「医薬品開発におけるウェアラブルデバイスの活用状況」、https://www.jpma.or.jp/opir/news/063/05.html

6) CLINICAL TRIALS ARENA、” 2022 forecast: decentralised trials to reach new heights with 28% jump”、https://www.clinicaltrialsarena.com/analysis/2022-forecast-decentralised-trials-to-reach-new-heights-with-28-jump/

7) 規制改革推進会議、「当面の規制改革の実施事項」、https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/publication/opinion/211222.pdf